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がん一万人の声, 大腸がん50代 女性, がん治療、大切なこと, 大腸がん

私の周囲にも亡くなった方、今、治療を頑張っている方がおられます。皆、完治してがんで亡くなる方がいなくなればいいなと願っています。不安がなくなれば、と思います。

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栄養指導は多くはやせてしまった方が対象で、副作用で太る場合もあるのに、それは重要視されていない。がんになってしまったのは結果で、病院は対処療法(手術・抗がん剤・放射線)を主にされるが、患者は健康になる方法を知りたい。がんの再発を待つような治療ではなく、ならない体づくりについてもっと教えてほしい。


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がん相談支援センターが病院にあるのですが、何の役割であるのかわからない。先生が忙しいから、先生に相談せずに支援センターで相談するのだが、「それは担当外」とか、患者から理解できない状態で余計に不安になる。

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がん一万人の声, 咽頭がん70代 女性, 再発, 甲状腺がん(全摘出)

甲状腺がんの手術をしましたが、朝起きたらすぐにチラーヂン100を1錠飲むだけで、全然痛みも何もありません。
けれど転移は心配で、すい臓に水泡が出来ていて爆弾を抱えています。お薬は何も飲んでいません。半年に一回、一年に一回検査をするくらいです。
他に色々な病気を抱え、病院のはしごをしています。すい臓がんにならないよう祈るばかりです。

がん一万人の声60代 女性, がん当事者の友人, 経済的な不安

抗がん剤治療費の軽減、低所得者への支援をお願いしたい。私の友人は現在8年間ほど、がん治療を行っていますが、抗がん剤治療で治療費の負担に悩んでいました。“命が先か、金が尽きるのが先か”と話していたことを思い出します。

がん一万人の声私のできること, 40代 女性, がん当事者の家族

緩和ケアって(ホスピスも在宅も)その人がその人らしく生き抜くための“ケア”ではないかな?と感じています。私は教職なので、看護休暇、介護休暇の制度があり、他の職種に比べれば休暇の申請をすることで不利益を被ることはありません。それでも欠勤扱いは無給ですし、ボーナスにも響きます。休暇中はお金で買えないくらいの豊かな暮らしを私に与えてくれるかけがえのないステキな時間です。しかし、経済的な不安はもちろんあります。
今、教職員組合で経済面の保障を…と訴えていますが、なかなか達成されていません。教職以外の職種はもっと(休暇)を取りづらいだろうことを思うと何らかのアクションがもっと必要だと思います。
家族当事者になって、初めて考えました。
ちなみに、共済組合から4割程度の補助は後であるらしいです。
でも、お金が必要なのは今なのです。

がん一万人の声40代 男性, GIST, がん治療

がんサロンの場に“緩和ケア”“在宅ケア”に関わっているスタッフに来てもらって話をしてもらうことで理解をひろげていくのはどうでしょうか。

がん一万人の声40代 男性, GIST, 経済的な不安

障害申請が非常にわかりづらい。初診日がわからないと申請自体ができないというのは制度的な欠陥なので、早期に改善が必要だと思います。
がん患者だけとは限らないですが、短い時間で労働できる制度があると助かります。ある程度の規模がある会社にそのような制度の義務付けをして、雇用を義務付けていけないだろうかと思います。

がん一万人の声わたしの宝もの, 認知症の夫が肺がんになった時, 60代 女性

直腸がんが肺に転移しました。GW明け(2015年5月)に肺がんの手術をします。
初めは不安だったけれど、何をするにもこれが最後かもしれないと思い、一瞬一瞬を大切に生きています。
この一番辛い時に心の支えになってくれる仲間たちに感謝してます。この仲間たちこそが私の大切な宝ものです。

がん一万人の声60代 女性, 認知症の夫が肺がんになった時

72歳の夫が5年前に肺がんがみつかったが、認知症で当時は失語症だったため、主治医から手術を勧められなかった。現在は在宅で見守っている。夫の双子の兄も肺がんで手術をして、「弟(私の主人)は痛みに耐えられなかったろう」と言っていた。
本人に痛みが出ても、上手く薬を使えば楽に生活が出来ると聞き安心した。(本日の話はよかった。*2015年4月19日開催のがんカフェ)
訪問診療をしてもらっている先生から「自分が同じ立場になったとしても手術はしなかったと思いますよ」の言葉に私が選択した罪悪感から少し解放されたような気がしてうれしかった。
認知症の人は痛みをあまり感じないそうだが、そうであって欲しいと思う日々である。