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がん一万人の声中咽頭がん, 死生観, 60代 男性

患者会では必ずネガティブなことを言わなければならないのか。司会の人に地域差の話題をされると秋田に住みたくなくなった。

がん一万人の声胸腺種, 60代 女性, がん治療、大切なこと

希少がんの治療法の確立を望みます。患者ひとりひとりの声はとても大切なことだと今日の皆様の話(がんカフェ in 秋田)で感じました。

がん一万人の声50代 女性, がん患者の声

(がんカフェin秋田に参加して)がん患者さんの声、特に秋田県民の方の声はなかなか聞く機会が少ないのでとてもよかったです。ひとりで思いを出せずにいる人が多いので、ストレスがたまって余計に病が悪くなることもあります。是非、秋田の人も声をあげてほしいと思います。

がん一万人の声50代 女性, がんカフェに参加して, 胸腺がん

希少がんの患者さんと会えてうれしかったです。また、仲間が増えたら嬉しいです。

がん一万人の声私のできること, 70代 女性, 直腸がん

34歳で手術し39年経過しました。
日本オストミー協会でボランティアをしています。
みなさんから多くの力をもらって今があります。

平成27年4月に夫(77歳)が大腸がんの手術をしましたが3ヶ月経って現在とても元気に生活しており、次回の診察は11月でと言われて一安心というところです。

がん一万人の声60代 女性, すい臓がん, 私のできること

平成23年(2011年)12月にすい臓がんの手術を受けています。
・すい頭部三分の一・胃三分の一・たんのう・十二指腸を切除。私にとっては大手術でした。開いてみないと手術ができるかわからないとの先生の説明でしたが、現在に至っています。
ありがたいことです。
他の方との交流ができたらと思い、ペンをとりました。
よろしくお願いいたします。

がん一万人の声60代 女性, 中枢神経原発悪性リンパ腫, 告知

私のがん種は希少がんです。10万人に1人と云われ、ほとんど身の回りに同病の人はいません。
去年から社会福祉センターの委員からご紹介され、リンパ腫患者2人と知り合いになりました。2人とも男性でなかなかコミュニケーションを持つ機会が少ないのが残念でなりません。もう少しいろいろな団体で希少がん患者を集めた会合が開かれることを希望します。
またリンパ腫の勉強会も3か月~6か月で良いので定期的に会合があると良いと思います。

がん一万人の声70代 女性(遺族), がん治療、大切なこと, センイ肉腫

一昨日の晩のことだった。ちびりちびりと赤ワインを飲みながら見ていたテレビは、ニュース番組。「真実のゆくえ」という特集番組のタイトルが流れた。

見ていると、医科系の助教授をしていたらしいが、医師免許を持っていない70歳代の男の話だった。彼は「癌に効く」という触れ込みで、認可されていない自家製だかの薬を売りつけて、何千万だかを荒稼ぎしていたとのことだ。また、彼は注射を打つなど医療行為もしていたという。

話はそれるが注射行為がさも悪行のように言われるが、わたしでも簡単にできる技術だ。現に糖尿病の人が日常的に自分の手でインシュリンなどを打っているではないか。ただ投与される薬の選択は専門家の指導は必要だろう。それにしたって彼は医療機関で指導的立場にいた人だから、素人とは違う。単に資格を持っていなかったというだけだ。

またまた話がそれるが、老人ホームでわたしがボランティアをはじめた20数年前は許されていた利用者の方の緩んだ包帯を巻く、カット晩ひとつ貼ってあげることは今現在禁止事項である。素人の手で包帯を巻く、カット晩ひとつを貼る、いったいどんな重大な懸念があるというのだろう。神経質すぎるのではないだろうか?

ニセ医者のニュースは時々聞く。それが面白いことに彼らはその土地の人たちに結構評判がいいというのだ。明治以降西洋医療が主流になり、免許制になる以前は、自称「医者」で堂々と通用していたそうだから、案外医療行為なんてものは特別なことがない限り、そんなものでいいのかもしれない。

そうはいっても、治るか治らないかは別にして、極度に高度な機械化と細分化された現代医療では生半可の「チ・エ」では取り扱えないだろう。だから無資格の者の医療行為は許されない。犯罪行為なのだから、糾弾されても仕方ない。
その詐欺行為の被害者は、「癌はその薬を飲んでますます悪化していった」と言い、またある女性はそうとも知れず藁をもつかむ思いで夫に服用させて、結局は死なせてしまったという。彼女は「クヤシー!」と悔恨の涙に暮れる。

見ていたわたしは自分でも思いもよらず怒りのスイッチがはいって、飲んでいたワイングラスを叩きつけるように置いた。夫は「どうした?」とちょっとびっくりした様子でわたしを見た。

「隆宏はちゃんとした医者から、効くと言われる薬を飲んでいたんだよ!」と喚きながらいきなり居間を飛び出して、電気もつけず暗い階段で腰を下ろし、膝を抱えて泣いて泣いて泣いた。

どうにもならない怒りが湧いてきて止めようがなかった。

息子が亡くなって3、4か月、鳴き喚くわたしをどうやって扱っていいのかほとほと困っていたようだ。

「ねえ、あなたちょっと聞いてくれる?」

「ナンダ?」一瞬身構える夫。冷静に話そうと思った。しかしダメだった。みるみる涙が溢れてきた。

「どうしたんだ。何が言いたいんだ」夫が焦れてくる。

嗚咽をかみ殺しながら、

「昨日、テレビでニセ医者のことやっていたよね」

「うん」

「わたしの言うことが世間では通らないことは分かっている。無茶苦茶だということも分かっている。でもね、隆弘はニセの医者にかかってたわけじゃなかったのよ。県立のがんセンターで治療していたんだよ。それなのにただの一度も消えたとか、多少でも小さくなったとか、というようなことはまったくなかった。4年間何一つ良いことはなかった。足を切断して、その上抗がん剤を服用しながら、その副作用に苦しんだんだよ。それでもどんどん悪くなり、そして死んだのよ!いったいこのニセ医者とどれだけの違いがあるの?テレビはケチな詐欺師をこんな大々的にとり上げて、この世のものとは思えないほどの悪人と報道するけれど、まったく効果のない薬や治療で何千人、何万人という人間が死んでも、医者を詐欺師という人もいないし、責任をとれとも誰一人言わない。ケチな詐欺師の犠牲になったというけれど、隆宏いったい誰の犠牲になったの?悔しくて悔しくてしょうがないの…」。

わたしはりょうてで顔を覆って全身で泣き伏した。夫はそれこそ何一つ言わない。ただ顔が悲痛にゆがんでいた。

何もわたしは治療を受けさえすれば、どんな病気も治るなんて子どものように、ごねているのではない。
ただ息子が亡くなって以来4年間あまりに効果のなかった抗がん剤への不信感が募りに募ってきているのだ。治療中は絶大な信頼と希望をもっていた。それが屁ほどにも効かなかったのだ。

息子はニセ医者から怪しげな薬を投与されていたのではない。ちゃんとしたがん専門病院専門医の診察の元、厚生労働省が認可した薬を投与されていたのだ。主治医は誠心誠意治療にあたってくれた。
抗がん剤の新薬は研究段階で、その薬の延命効果がわずか2、3か月延びたという結果だけでも認可されるのだと聞く。がんが消えた、あるいは数年も命が延びたという結果なら納得がいくが、たった2、3か月命を延ばしただけでどんな意味があるのだろう。わずかでも延びた命をどう捉えるか人にもよるだろうが、わたしには患者の肉体的精神的苦痛を徒に延ばすだけのように思えて仕方ない。にも拘らず新薬は次々と開発され患者に投与される。数年前肺がんに効くとされる薬が開発されて話題になったことがあるが、それによって肺がんが激減したというニュースをわたしの知る限り聞いたことがない。

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私は8年前に大腸がんステージ4にて開腹オペを受けました。以来、幸いな事に順調な生活をしておりますが、常に転移の不安を持ち、生死の在り方について考えております。そして、自分のがん体験を他人に伝えることにより、知らなかった情報を得ることが多くあり、今日までの生き方に大きく役立ちました。

がんになったことを公開し、これは恥ずかしいことではなく、時代が変化してきたことを認め、がん患者同士で、心を大きくして生きていくべきだと思います。


→「パラメディカ」大腸がん闘病記 紹介