娘さんが遺伝性がんで乳がん卵巣がん症候群と診断。
乳がんの後に卵巣を摘出する手術を受ける事になっている。
「なんで、そこまで?」と思う。
たとえ、遺伝性であっても発症する確率は100%ではないし、子孫を残すこととがんのリスクを考えることは簡単な天秤にかけられない。
まして、私からの遺伝であれば尚更、私が産んだことまで否定されるようで辛い。
(HBOCの遺伝子検査、未発症部位の摘出手術への保険適応を受けて)
※保険適応など詳細情報は、”HBOC 保険”で多くの情報が検索できます。
K・Oさん (56)
「なんで、そこまで?」
八度の再発、手術を乗り越えて今
八度目にして、ついに手術は出来ず抗がん剤治療のみに耐える日々。
手指の痺れ。
声が潰れて意思疎通が出来ない。
料理が出来ない。
人にも頼めないため、当然のように始まった入院生活。
食べられない。
体力は無くなってしまった。
永らえるのは執念のみ。
入院先の妻にも会えないが会える為には、この抗がん剤の副作用もこれまでの手術同様に乗り越え克服しなくてはならない。
副作用が自分らしい人生を奪ってしまう?何て、無責任な言い草だ!これを乗り越えてこその私の人生であり妻と共の生きる人生なのだ!
LCNEC 知って欲しい!仲間が欲しい!
背中に違和感を持って受診したら、いきなりの肺がん!その上、抗がん剤治療の後には、脳に転移! 日本肺がん患者連絡会でも、同じ癌の人がいない。仲間が欲しい。
日本肺癌学会より➡︎肺の神経内分泌性腫瘍は形態学的、免疫組織化学的に類似したグループで、WHO組織分類第3版で、定型的カルチノイド(TC)、非定型的カルチノイド(AC)、大細胞神経内分泌癌(LCNEC)、小細胞癌(SCLC)に分類された。 SCLCは肺癌全体の15-25%を占める。希少がんの人は、自分の病気を自分で調べないといけない。一人でも見つかれば力になるよね?!
職場復帰!叶わぬのか?
がんを言い訳に職場への復帰を先送りにされている。
よく取れば身体を心配してくれてるんですけどね。
治療終わってないからとか言ってるんであんたの考え方は遅れてるよ❗って言ってやりました。今の時流は働きながら治療するだよ❗って。
がんだけ特別視するなって。糖尿病も治療しながら働く人沢山いるやんって。未だにこんな考え方する人いるんですよね。
個人の考えか会社としての考えか今度言ったら問い詰めてやろうっと。女性部長なんで他人事では無いと思うけどな…
昨年11月に町医者で経過観察と言われ、今年1月に再度受診し生検してもらい乳腺がんと確定。8月5日右胸全摘、リンパ節郭清。再建無し。今のところ再建予定も無し。
あきらめない ! 体は医者を信じて任せて!自分は心の治療を中心に!
下痢が続き検査をしてもらうと、まさかのすい臓ガン!余命半年宣告から2年7ヶ月!体は医者を信じて任せて!自分は心の治療を中心に!泣いて塞ぎこんでても治らないから!
貴重な人生!笑って楽しく過ごさないともったいないと決めた事で、今の私がいる。当たり前の、普通の生活がある意味、「奇跡!」周りに感謝して、自分を信じて、愛して!ガンになったからこそ新しい仲間、出会いがあった!今はガンになって良かったと、人生を笑って楽しく過ごしています!これからもなるようになる!
あきらめない!で楽しみます! ♪♪♪♪♪♪♪♪♪
手足の痺れ 5本指くつ下!
乳がんになって、11年近く。ますます、手足の痺れが酷くなる。医師に相談しても、痺れに効く薬が一番難しい!と。階段を降りるときは、転げ落ちそうになるし、泣きたくなる。そこで、少しでも踏ん張れるように、5本指くつ下を履いてみた。指が広がるのでどうにか降りることができます。高齢者施設で介護の仕事をしています。お年寄りを立てたり座って貰ったり。結構、踏ん張る機会が多いのですが、痺れで踏ん張れないときは、この仕事を辞めないで済むことを願う時です。がんの副作用も我慢しなくて良い時が来ることを祈りつつ、踏ん張って毎日を暮らします。(大阪市立大学病院患者会フェスタにて)
早期発見が大事!乳がん4年目も普通の暮らしが嬉しい
検査してね!と言いたいところだけど、マンモグラフィーは痛いと聞くので検査に行かないという人もいる。痛いことは痛いし、少し屈辱的だけど、それでも行って欲しい。
セカンドオピニオン〜主治医を変えることになっても同じ治療を受けられる?
手術が出来ないと言われ、主治医との話し合いが続けられず、セカンドオピニオンを受けることに。結局、治療方針は変わらず、主治医と同じ選択を示された。しかし、なかなか元には戻れない。思い切って主治医に相談。同じ医局内の他の先生に主治医になってもらうことが出来た。同じ医局内でも、それぞれの先生によって対応も言葉も違うものだと実感した。お陰で納得してこの先の治療に臨めそうです。
→「パラメディカ」大腸がん闘病記 紹介
食べて体力を維持することで命を繋ぐ=再発・再々発にめげずに自分らしい今を!
22年前に乳がんと診断されて、以来5年、7年、10年、17年と再発・再々発、転移を繰り返しながらも食べることにこだわり命を繋いできた。日々、三度の食事のメニューが並ぶ手帳も22冊を超えている。この手帳、最初は治療のスケジュールの数字ばかりだったのが、食べて動くことで治療以外、人や催し物など、更には自身が担当するピアサポーターの「ヤルコト!」で一杯になってきて、手帳のサイズが大きくなってきた。手帳を開くたび、めくるたびに誰々との楽しい会話や一緒に眺めた風景が思い出されて人生という豊かな時間を味わえる。そう、食事は料理の味だけでなく人生の味わいも提供してくれる。この手帳をまとめて、何か出来ないかとワクワクする毎日なのです。(兵庫県在住 元看護師)
