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がん一万人の声50代 女性, 地域での悩み, 胸腺腫

①がん=死のイメージが定着しているのか、住んでいる地域で噂が広まり、「あの人はだめらしい」とか言われる。そのため、どうしても病気を隠してしまう。
②遠方での治療はお金がかかる。
③希少がんにも効果のある薬を是非、開発してほしい。

 

がん一万人の声, 咽頭がん50代 女性, 仕事, 鼻腔がん

鼻腔ガン、胃ガン、腹壁はんこんヘルニア、胃腸がうごかないなどで入退院、休職しました。抗がん剤、放射線治療もしました。90才近くの両親の介護などありました。教職を離れ、もうじき一年が経とうとしています。収入は、ありません。仕事を辞めた後は心と時間にぽっかり穴が空き、泣いてばかりの毎日を過ごしていました。現在は、母と出かけたり、母の老人ホームの方とお喋りしたり、絵手紙や切り絵などして暮らしています。今、一番うれしい。元気になるときは、人の笑顔と感謝の言葉です。
ハンドクリームで、施設のおばあちゃんにマッサージすると、「内からも外からもきれいになった。ありがとう」。
歯がないお爺ちゃんは、施設のみんなから「英語で話しよる」と。また、「床を這って・・・」と敬遠されています。私と何となく二人で話していて、「分かるよー」と言うと、隣で聞いていたおばあちゃんが、ぼそっと、「分かる。分かる」と呟かれました。その言葉にお爺ちゃんは、涙でした。
また、母と作ったお雛様を、食堂にはると、つっけんどんだったおばあちゃんが、「あかりを付けましょ ぼんぽりにー」と歌い出されました。「わぁー、よく歌詞を覚えていらっしゃって、声がきれいですね」と申しあげると、握手してくださり、「私も、うれしい❗」と、力強く手を握ってもらいました。
母とおやつを一緒に食べると、必ず自分のを半分、私にくれます。「おいしかよー。食べてごらん」と言ってくれます。そんな時が、今一番大事な時間です。いつも手を合わせて、「ありがとう」と言う母に、「ありがとう。笑顔や認めてくださったお言葉に、ありがとう」の日々です。
このように言えるまで時間がかかりました。たくさんの出会いは、私の宝物です。

 

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平成25年1月10日、右乳の下の方がグジョグジョしてきたので、乳腺症が悪化したかと思いS病院の外科へ行きました。患部をみるなり「乳がん末期ですね、この状態で3ヶ月もった人はいません、いままでの経験上・・・」。
いろいろ検査をし、CT画像やエコー検査画像やら血液検査等々・・・何がなんだか、疲れはてました。結果は変わりなく、乳がん末期ステージⅣ余命3ヶ月。「うちでは手におえないし何もできないから、K大学に紹介状を書きますから、すぐに行って下さい」といわれ、もうがん宣告されたので、まな板のこいって感じ。とにかくすぐに行き、また同じ検査、検査、その結果「余命3ヶ月、抗がん剤がきいて、がんが小さくなって切っても長くて3年だね、抗がん剤があわなかったらすぐ死ぬよ、どうする?」ですって。頭にきたので、それを聞きにきたのだと怒ってやりました。
 

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「乳がん末期、余命3ヶ月」と診断されS病院に1年間定期的に通ってみました。その間、ホルモン剤とゾメタの治療のみ、肺と肝臓のがんが消えました。精神力かな~♡
どうしても消えない、右頸部リンパ節がんと、多発性転移で骨のあちこちに!頸部リンパ節にまっかな3㎝×4cmのコブができ、外科では手術でとれないといわれ、コブからは血がふき出てくるようになり、早く何とかしないと思い、先生に他の治療はないのかと聞き、やっと、いやいやだが、放射線の先生を紹介してくれました。
K病院の高精度放射線治療センターのF先生との出会いでした。
F先生のもと、Pet-CT検査をうけ、その結果「コブとれます。骨に転移したものや、原発の乳がん、とりましょう」と言ってくれました。それから2年、12ヶ所におよぶ放射線の治療をして、だいぶなくなりました。
 

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乳がん末期と宣告され、放射線のF医師と出会い、右頸部リンパ節がんと、多発性転移で骨など12ヶ所の放射線治療を2年間受けて、大分よくなりました。がん宣告うけてから仕事はずーと続けてます。治療をしながらです。すごいでしょ!
現在も元気で社会の中で頑張ってます。ふつうの方より仕事もできてます。
F先生にお会いしてから、がんに対する考え方がすっかり変わり、恐怖もありません。ふつうのくらしをしています。少々疲れやすいですが・・・
 

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私の母は、20年前、卵巣がんがもとで旅立ちました。私はその13年後、乳がんなど経験して今に至ります。母のがんを知った時、私だったら良かったのにと何回も何回も思いました。私のがんが確定した時は、(父でも、兄でも、夫でもなく)私で良かったと思いました。鏡で気づき、しこりを見つけたとき『ああ、そうか』と心の中で思っただけです。しこりを乳房生検でとり、結果は簡単に教えてくれました。『やはり、がんでした。』母の時には説明がなく、手術の後『何なの、私は何だったの?がんだったの?』と何回も強く聞かれ、娘の私が『そうなの』と答え、後で担当医に『話しちゃったの?』と言われました。(ナースセンターで私に復水にがん細胞がばらまかれていると話しているのに)外科の手術も受け、担当医が替わり、覚悟する時期に来ているのもわからずオロオロしていて,亡くなる前日、母の様子が昨日と違うと婦長に話したら、『先生を呼び出して、わざわざ聞くことですか?』と言われ、心を残して家に帰ったら、翌日未明に呼び出され数時間で逝ってしまいました。恥ずかしそうに、『あのね、パステルカラーのパジャマを着たいの』と、初めて言われ、急いで求めに行き、洗い乾かして持って行った翌日でした。いまは、希望すれば充分説明が受けられます。『お気の毒としか言いようがありません』なんて終わり近くに言う前に、現実をその場、その場で知らせてほしかったです。ホスピスが身じかになり、在宅医療も進んでいる時代になりましたが、2カ月間、何も食べられなかった母と家で静かに過ごすことができなかったことを今も思い、母に申し訳なかったです。

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医療従事者は忙しすぎて、患者から相談しにくい状態です。気兼ねなく相談したり、自分の気持ちを吐き出したりできる場所があればと思います。

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化学療法や治療をしても、治る見込みがなくなると転院を要求される。最期を心安らかに過ごせる場所も必要。途中で見放す医療ではなく、最後の最後まで治療だと思う。医師にも患者のケアの研修をお願いします。

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がん患者・家族の心のケアのできるセンターみたいなものを作ってほしい。誰の目も気にせず、身も心も解放できる場所を。世間から隠れることなく、がんと向き合い普通にがんと共生できる社会を実現してほしい。