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がん一万人の声, 大腸がん50代 女性, S字結腸がん

病を知らせた理由は、がんは私一人の手に負えない病気と実感したので、家族、職場、友人に手術前に連絡をしました。副作用も気になる治療なので知らせて良かったです。

職場は私の話を全面的に受け止めて下さり、希望も聞いて下さいました。理解があるというより、そんなケースがないから受け入れて下さった印象です。職場の会員の皆様のがん経験者の方がお声をかけて下さり、嬉しい反面、隠れたサバイバーが多いと痛感しました。

●支えてくれたもの:
友人と看護師さん 

●希望ややりたい事:
患者みんなでウォーキング大会(ジョギングでも車椅子も杖でも!)

●幸せを感じる瞬間:
スロージョギングやウォーキング後のシャワーが、サッパリして最高です!より体が動き嬉しくなるからです。

●生活する上での知恵:
アームカバーです。
薬物療法で内服しているカペシタビンという薬は、色素沈着で手足や全身の皮膚や爪が黒ずんできます。日焼けするとさらに黒ずみ、皮膚の修復が追いつかず炎症を起こしやすくなり、火傷のようになるかも、と主治医に言われています。アームカバーはスーパーやコンビニなどの冷房からの刺激を防いでくれますす、日焼けからの保護もしてくれます。

オキサリプラチンという薬は冷感刺激により手足、目、口などに末梢神経症状が出ます。状態によっては気管狭窄(絞扼感?)も起こります。

あとは薬物点滴後の、血管痛のある腕を保護する目的もあります。点滴後は触るだけで痛むので。

冬は長袖で、夏はアームカバーで乗り切ろうと考えています。

●あったらいいなと思う事:
高額医療認定を受けている方も、期限付きでいいので障害者手帳をお持ちの方のように、交通機関や施設割引があって欲しい。
要介護でなくてもデイケアや居宅ヘルパー等の利用が出来れば安心な気がします。

デイケアや居宅支援等は、子育て中の患者の方や調子の悪い方々が体を休めたり、時には鍛えたり、スタッフに相談して新たな支援につなげたりしやすいのではないかと思いました。
障害のある方は相談員さん支援員さんに相談できる立場ですので、困り事を早めに対処しやすいですが、患者の方々は…。仕事をしていれば尚更時間に追われてしまうと思っています。

医療や福祉、税金など自分で情報を取りにいかないといけないので、使える支援制度も教えて下さればありがたいですね。

●皆さんに伝えたい事:
積極的な気持ちで共に治療して、共に歩んで、同じ時代を一緒に生きていきたいと考えています。

● 家族に伝えたい事は
家族がいるから私の人生は豊かになっていますので、お礼を言いたいです。

あと、自分は運がいいと信じています。

がんと患者と社会のかかわりがもっと多様に、身近になる事を願ってやみません。

→「パラメディカ」大腸がん闘病記 紹介

S・Hさん 水泳教室インストラクター 女性 その②

がん一万人の声, 大腸がん50代 女性, S字結腸がん

症状は、足の感覚(痛覚)鈍麻、腫れた感じで歩くと刺激になり室内どこでもでもスリッパ、プールの硬い床が痛くなってきたのがきっかけです。

主治医に他の薬を試したいと聞きましたら芍薬甘草湯を教えてもらい、処方をお願いした次第です。 

飲み始めで数日、「あれ?あまりプール床が気にならない…だったらジョギングも再開してみよう!」とオネオネ(ランニングシューズ)をポチり購入しました。

まだまだ脚は上がりませんが、改善は実感できていますし、水泳インストラクターを再開しようという気になれました。

主治医の痺れがあっても運動オッケーの言葉も後押しをしてくれました。

薬は自分らしい趣味や仕事の助けになってくれますね。漢方は眠気が襲って来ないと思っているので、運転や仕事にも支障がありません。


S・Hさん 水泳教室インストラクター 女性 その①

その② みんなに知って貰う

がん一万人の声, 乳がん50代 女性

海外でがん治療を受けました。がんは、どこにでもある「普通の病気」。周りの人たちは、病気にはなったけど「私」は「私」として接してくれました。

日本に帰ったら、がんは死に至る「特別な病気」。がんの人、がんではない人の間には壁があってこちら側とあちら側に分断されている感じがしました。

ある時、鬱で休職した友人が、私ががんであることを知らずに、「でもさ、”がん”よりましだよね」と私に言った時、絶望感に打ちのめされました。

2人に1人ががんにかかる時代と言われ、法改正や医学の進歩のスピードが増す中で、人々の意識はなかなか追いついていません。でも10年前よりは少しずつですが良くなっていると思います。

治療を終えて10年以上経ちました。私もがんになったことをオープンにすることができるようになり、がんになってもならなくても「私」が「私」でいられる環境作りを仲間と少しずつですが始めています。

がん一万人の声, 乳がん50代 女性, 仕事・就労

がんを言い訳に職場への復帰を先送りにされている。
よく取れば身体を心配してくれてるんですけどね。
治療終わってないからとか言ってるんであんたの考え方は遅れてるよ❗って言ってやりました。今の時流は働きながら治療するだよ❗って。
がんだけ特別視するなって。糖尿病も治療しながら働く人沢山いるやんって。未だにこんな考え方する人いるんですよね。
個人の考えか会社としての考えか今度言ったら問い詰めてやろうっと。女性部長なんで他人事では無いと思うけどな…
昨年11月に町医者で経過観察と言われ、今年1月に再度受診し生検してもらい乳腺がんと確定。8月5日右胸全摘、リンパ節郭清。再建無し。今のところ再建予定も無し。

がん一万人の声, 乳がん50代 女性, 再発・再々発, 食べる

22年前に乳がんと診断されて、以来5年、7年、10年、17年と再発・再々発、転移を繰り返しながらも食べることにこだわり命を繋いできた。日々、三度の食事のメニューが並ぶ手帳も22冊を超えている。この手帳、最初は治療のスケジュールの数字ばかりだったのが、食べて動くことで治療以外、人や催し物など、更には自身が担当するピアサポーターの「ヤルコト!」で一杯になってきて、手帳のサイズが大きくなってきた。手帳を開くたび、めくるたびに誰々との楽しい会話や一緒に眺めた風景が思い出されて人生という豊かな時間を味わえる。そう、食事は料理の味だけでなく人生の味わいも提供してくれる。この手帳をまとめて、何か出来ないかとワクワクする毎日なのです。(兵庫県在住 元看護師)

がん一万人の声50代 女性

姉が子宮頚がんになって、20年経ちました。

子宮と脚のリンパ、卵巣を取り、大変な闘病生活を送っていました。
リンパ浮腫に苦しんでいましたが、最近30、40分歩くようになって、少し楽になったようです。

姉のおかげで、毎年忘れないよう誕生日にがん検診に行っています。

がん一万人の声, 乳がん50代 女性, わたしのしたいこと, 乳がん

乳がん患者という立場になって、8年目を迎えました。
患者になったばかりの頃は、先の見えない不安に心を乱されたり、まわりから心配されるようになっ
た自分に対してうまくバランスが保てなくなり
「患者なんて立場、早く終わりにしたい」と悲しんでいましたが、ご縁があって昨年から、院内乳が
ん患者会の会長を務めさせていただいています。

もし今、8年前の自分の側にいられるなら、そっと背中をさすってやりたいです。
大丈夫、またいっぱい笑えるようになるから…と。
少し緊張なさりながら患者会に来られる方のご様子が、8年前の私の姿に重なります。

乳がんになって、悲しかったりくやしかったり申し訳なかったり…
そんな気持ちがフンワリ和らぐ場所作りのお手伝いをさせていただこうと思っています。
 

がん一万人の声50代 女性, 納得するまで, 胸腺がん

胸腺がんIII期で見つかり、手術、放射線治療を受け、現在は経過観察中です。放射線治療で晩期の副作用が起こり、とてもつらい時期がありました。今でもまだ調子は悪いです。放射線治療を受けない方がよかったのかとも悩みました。悩んだ末、この2年、再発がなく元気でいられるのは、放射線を受けたからかなと考えられるようになりました。胸腺がんは希少がんで情報の少ないがんです。私自身が経験したことを発信し、これから治療を受ける人たちにいろんな選択肢を提供できたらとも思いますし、自身で勉強をしたり、患者会に参加したりしていろんな情報を収集したいとも思います。
 

がん一万人の声50代 女性, 家族のがん, 胸腺がん(母)

母(82歳)が昨年末に胸腺がんの告知を受けました。平成25年秋ごろより痛みは出ていました。聞きなれない病名に驚き、この先どうなるのかとても不安です。今月2月より放射線治療を始めました。「痛みはなくなるでしょう」と言われていたけれど、治療が始まっても痛みがあって、本人も不安に思っているところで、私もどう付き合っていけばいいのか思案中です。
 

がん一万人の声, 希少がん50代 女性, 希少がん, 胸腺がん(母)

主人は、小細胞肺がんで闘病2年3か月の末、亡くなりました。肺がん患者会、家族会はなく情報が少なくとても不安でした。
今回、母が胸腺がんと診断され、小細胞肺がんよりも患者数が少なく希少がんということで、今回もまた情報の少なさに困っています。情報の少ない病気のいろんな情報をも発信できないものかと思っています。患者数の少ない病気もしっかりと研究してほしいなと思います。