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小児がん, がん一万人の声遺伝性がん, 網膜芽細胞腫, 家族のがん

結婚して子どもを生むときに、たまたま夫と私が同じ先生が主治医だったので、「結婚しま す」って言ったんですね。そしたら「子どもは産まないよね?」って言われたんで「どうしてですか?」って言っ たら「遺伝性の病気だからね、知らなかった?」「そんなの聞いてません」「お母さん言わなかったの?」って、やり取りがあって。

知らなかった、教えてくれなかった、「自分ってなんなんだろう」って少しショックがあった。まぁいいや、結婚はできるみたいだしと思ったんですけど、夫の方も農家の長男なんですね。「子どもは生 まないの?」とか言われたりして「そうなんだけど…」遺伝性の病気だっていうのはなかなか言えなかったんです。

がんセンターとかに行くと、「子どもが同じ病気になっても治療できるんだよ、今は」って教えてく れた。「私も子ども二人産んだよ」って言う人もいたり。「せっかく結婚したんだし子ども一人くらい産んだら?」って言われて、私も35歳くらいになってきたので割り切って子ども産んだんですけど。やっぱりっていうように、子どもも同じ病気になった。

遺伝性の病気だっていうことを知っている母には、私に子どもが出来たことを5ヶ月くらい黙っていたんです よ。実は、子どもを生むことにしました。って言ったらあっさり「良かったね」って言ってくれたんです。同じ病気 が見つかって「ほら見たことか」って言われるのかなって思ったんですけど、割とみんなが協力してくれました。

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外交員をしていた保険会社が日本で初めてがん保険を発売したんです。それを、一生懸命売って、そ れで、3人の子供を育てたのに、息子を癌で亡くしてしまった。

癌の全国大会があった時、息子さんの主治医がいますよって、教えてもらったので、先生に『息子は 安らかに眠ったかな?』って聞いたんですよ。そしたら、『安らかだったよ』と言ってくれた。それだけで、癌 の患者会などに関わっていて良かったなあ、て思ったんです。

でも、本当に疑問符ばかり?? 結局、1年生きたんですよ、息子も仕事のし過ぎ、私の姿を見てたからね。

がん保険いっぱい売って、優秀表彰を受けてた んですよ。仕事のし過ぎ、保険会社の支店を背負ってた。会社周りをして個人だけでなく会社ごと契約もらって、100人規模の契約を取っていた。子供たちは、私の寝てる姿か仕事で飛び歩いていることしか知 らない。私は目一杯働いて、おばあちゃんが子供3人の面倒を見てくれてた。 

皆んな、宿題をいっぱい残していく!宿題があるうちは息子は生きている。主人の時は、車の中で泣いていたりしたけど、今は泣けない。おばあちゃん死んでから一人、ずーっと一人4年間一人。 息子は生きてるんですよ、おばあちゃんもおじいちゃんもみんな生きてるんですよ。 私まだ泣いてないんです。

天国から息子の声が聞こえてきた。『母(か)あ、元気!』

→「パラメディカ」胃がん闘病記 紹介


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家族外交員をしていた保険会社が日本で初めてがん保険を発売したんです。それを、一生懸命売って、そ れで、3人の子供を育てたのに、息子を癌で亡くしてしまった。

スキルス胃がん、腰が痛くって整形に行ってたんですけど。おばあちゃんが入退院するときにはおばあちゃ んをおんぶしてくれていたんだけど、その時は、腰が痛くっておんぶできないと言った。娘が代わりにおば あちゃんを連れて来たその日に息子が救急車で運ばれた。

病状がわからなくて、息子にメール打ったんです。ステージは?初期なら初期なりにすることあるでしょ?まず、嫁さんをお母さんみたいに悲しませては いけないって、子供達が結婚するまで生きなくてはいけないでしょ?!「反省しなさい!」って。

初めて病室行った時、手術しなきゃいけないね?と言ったら、『母(か)あ、スキルスは手術できないって。骨 にも転移してるから出来ないんだ』 って。 癌患者会の希望の虹なんかに行っているから、みんな癌でも10 年20年生きるもんだと思っているから、希望持ってたんですよ。本当に! 『母(か)あ、俺元気!って、抗がん剤に負けなければ明日退院だよ!』 って。

死ぬまでLINEでやり取りしてたんだけど、やはり、どうしてどうして、どこで人生間違えたかな?どこで、 はぐれたかな?って思うんですよ。なんとか助けてやりたかったんですけど。息子は看護師だから自分の病 気がわかっていて、最後まで主治医に会わせてくれなかったんですよ、最後まで。

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がん一万人の声50代 女性, 家族のがん, 胸腺がん(母)

母(82歳)が昨年末に胸腺がんの告知を受けました。平成25年秋ごろより痛みは出ていました。聞きなれない病名に驚き、この先どうなるのかとても不安です。今月2月より放射線治療を始めました。「痛みはなくなるでしょう」と言われていたけれど、治療が始まっても痛みがあって、本人も不安に思っているところで、私もどう付き合っていけばいいのか思案中です。