著者は1968年生まれ、早稲田大学卒業。資生堂、主婦と生活社を経て、2001年に朝日新聞 社入社。「週刊朝日」編集部に勤務するが、2006年に慶応病院で“分化型急性骨髄性白血病”と診断され、抗がん剤治療を開始する。妻は二週間後に出産を控えていた。病院には、同じ朝日新聞の「AERA」でカメラマンとして活躍する遠藤俊介氏が同じ急性骨髄性白血病、そのうち急性単球性白血病で入院しており、やがてふたりは知りあう。しかし遠藤氏は院内で逝去。29歳だった。その後、著者は再発を経験するも、東大医科学研究所で弟から骨髄移植を受け、退院し、編集者の生活に戻る。