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昭和50年代初頭、著者の長男俊樹くんは生後間もなく副腎がんと診断され、更に神経芽腫と診断される。それでも小康状態を得て幼稚園に入る頃、今度は都立戸山高校で教えていた夫の秀明さんが顎下腺腫瘍と判明、俊樹くんにも三番目のがん(横紋筋肉腫)が見つかる。義母は息子に降りかかった悲劇への怒りを嫁にぶつけるが、著者は必死に耐え、やがて俊樹君は六歳で、秀明さんは37歳で生涯を閉じた。闘病記が別な出版社から再度出版されることは稀だが、この本が看護協会から再版されたのは当然のことに思える。