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がんと明け暮れ 記者が綴る10年の記録

  • 著者
  • :村串栄一
  • 出版社
  • :弓立社
  • 発行年
  • :2013年

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星野店主の書評

著者は1948年生まれ、中日新聞の社会部記者として活躍中の2005年、55歳で初期の胃がんと食道がんが見つかる。胃は幽門と噴門を残して三分の二を切除、食道は内視鏡で手術する。その後も食道に再発、三年後には咽頭にもがん細胞が見つかる。その十年にわたる国立がんセンターでの治療の経過が淡々と綴られる。ご本人が言われるように三か所にがんが出来ながら十年後も生きて記者をしているという「運がいいのか悪いのか、分からない闘病記」。

しかし古典的“事件記者”タイプの村串さんは、食道の内視鏡検査の後で酒を飲み、酔っ払って帰宅、奥さんに「死にたいの!」と怒鳴られたという。

無茶をするものだ。なお、著者がためらいながらも自分の闘病を書いてみようと思ったのは、2002年に毎日新聞に掲載された佐藤健記者(肝臓がん、食道がんのため60歳で逝去)の「生きる者の記録」という記事がきっかけだったという。

山田店員からメッセージ

こんにちは、店員の山田です。

今回ご紹介するのは胃がん(と食道、咽頭がん)の10年にわたる闘病記「がんと明け暮れ」です。

胃がんで10年もの闘病。さぞや凄絶な戦いの記録かと思う方も多いでしょう。ところが、本書の全編にわたって流れているのは、むしろ緩やかで淡々とした雰囲気。凄絶どころか、何気ない日常の風景を記録した日記のようです。

筆者の村串さんはベテランの新聞記者。なるほど、これはジャーナリストの文章です。装飾やもったいつけた表現は一切なし。事実をできるだけ簡潔に、明瞭に伝えることに徹しています。単身赴任の身で夜中に倒れ、奥さんを呼んだ時の描写はこんな感じ。「救急病院。もうだめだ」。「一番の飛行機で向かう」。

こんな風に淡々としているので、数ページだけサッと読むと、まるで村串さんのがん体験そのものが淡々と平穏だったかのように、村串さんが悟りきった仙人のようにがんと向き合ったかのように、勘違いしてしまいそうです。

しかし、しばらく読んでいると、淡々とした描写の中に、人間味あふれる村串さんの思いが込められていることに気付かされます。最初の手術の前の描写。「妻、子ども宛に寸言を書こうとした。顔が浮かんできたら、もうだめだった」。手術が終わり、しばらくして自宅で落ち着いた時の描写。「九月に入ると急速に涼しくなった。自宅の扇風機をしまった。来夏、顔を合わせることを願った」。

この語り口に慣れると、つまり、シンプルさに隠された奥深さに気がつくと、もうページをめくる手が止まらなくなります。ただ、あまりにも再発を繰り返すことが読んでいても辛く、一気に全部読むのはかなり疲れます。毎日少しずつ読むことをおすすめします。

最後に、本書は新聞連載を1冊にまとめたものですが、連載時の文章が医療関連の記事を集めた「中日メディカルサイト」に今も掲載され、誰でも閲覧できます。大幅に加筆された本書よりシンプルな内容ですが、無料で気軽に読めるのは嬉しい限りです。