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がん一万人の声

80代親の術後の検診に付き添っています。車で往復3時間かかるため近くの病院へ転院することも考えていますが、親も自分も手術に携わった主治医の方が安心という気持ちもあり迷うところです。

がん一万人の声

車椅子を乗ったまま入れるトイレ、同伴が必要、おむつ替えなどできるファミリートイレ、オストメイト用の設備があるトイレ。そのような設備がある多目的トイレが適切に使われているのか。外出先でのトイレは誰でも必要です。自分の身に起きないと考えることがないかもしれませんが、その設備が必要なのか理解し判断していきたいと思います。

がん一万人の声, 乳がん

立て続けに知人2人が乳がんを罹患しました。

共通の知人だったため、体調や、治療のことなど情報共有していました。毎年健診を受けていたのになぜ?という思いや、順調に進んでいると思っていた治療が変更になり治療が伸びたり、術後の検診で結果が出るまでの待合室での時間は慣れることはないなど、がん経験者のあるあると思いました。現在は旅行やボランティア活動などそれぞれイキイキとした時間を過ごしています。

以前は11人に1人の割合でしたが現在は9人に1人が乳がんを罹患する時代だそうです。

血液がん, がん一万人の声

骨髄移植後、慢性GVHD(移植片対宿主病)で極度のドライアイになりました。特に夏はエアコン、扇風機の風が辛く、5秒も目を開けていられません。電車やバスに乗るときはサングラスをかけていますが、瞬きばかりしてしまいます。GVHDは皮膚、臓器、口腔内などに起こることもあり、個人差もあります。その都度点眼するのが面倒になってしまい、薄目や片目でパソコンのキーボードを打つ癖がついてしましました。地味だけどちょっと厄介なGVHDです。

小児がん, がん一万人の声, 希少がん網膜芽細胞腫

網膜芽細胞腫(網膜の発生する悪性腫瘍)を罹患。

マッサージ師をしています。

利用者の方から「ここを治して、あっちも治して」と要求されます。

じゃあ全て完璧に治ったら何がしたいですか?

と問いながらマッサージをしています。マッサージでは治せません。いっときの気休めですから。

治らないものは治らないんです。

がん一万人の声, 乳がん乳がん

急に線引きの向こう側に行ってしまったかのように感じました。こっちからあっちへ。あっちへ行ってしまうと、そこはもう崖っぷちで崖から転げ落ちるのが怖いから必死でしがみついているような、そんな気持ちになりました。

乳がん乳がん

誰もがふとした思いで「頑張って」っていう。患者は辛いんだよね!?とよく言われる。患者、当事者、一般の人との違い、理解し合えないかもしれない事例としてよく言われる。確かに「頑張って!」いて、もうこれ以上も何も治療や抗がん剤の副作用でどうしようもなくしんどい時に言われると辛いことはある。でも、家族や友人たちが心から、少しでも何かしてあげたいと言う思いで声をかけてくれる時に、「そんなこと言われたくない!」と思わない。その時々であるけれど、その人の気持ちが伝わる瞬間はどんな言葉でもありがたい物です。

がん一万人の声50代 女性

お腹が空いたって空腹感がすごく嬉しくて、食べて美味しい!って言う感覚をずーと忘れていたことに気づいたんです。これまでアグレッシブに生きて来たのにがんになったら何かこう受動的でありなさい、おとなしくしていなさいって言われるみたい。確かにそうならざる得ない体力になっているんだけど、体力が戻ってくると同じという環境の中でもやれることに気づく、能動的になれる、生きていけるってことが見えてくる。

小児がん, がん一万人の声家族のがん, 遺伝性がん, 網膜芽細胞腫

結婚して子どもを生むときに、たまたま夫と私が同じ先生が主治医だったので、「結婚しま す」って言ったんですね。そしたら「子どもは産まないよね?」って言われたんで「どうしてですか?」って言っ たら「遺伝性の病気だからね、知らなかった?」「そんなの聞いてません」「お母さん言わなかったの?」って、やり取りがあって。

知らなかった、教えてくれなかった、「自分ってなんなんだろう」って少しショックがあった。まぁいいや、結婚はできるみたいだしと思ったんですけど、夫の方も農家の長男なんですね。「子どもは生 まないの?」とか言われたりして「そうなんだけど…」遺伝性の病気だっていうのはなかなか言えなかったんです。

がんセンターとかに行くと、「子どもが同じ病気になっても治療できるんだよ、今は」って教えてく れた。「私も子ども二人産んだよ」って言う人もいたり。「せっかく結婚したんだし子ども一人くらい産んだら?」って言われて、私も35歳くらいになってきたので割り切って子ども産んだんですけど。やっぱりっていうように、子どもも同じ病気になった。

遺伝性の病気だっていうことを知っている母には、私に子どもが出来たことを5ヶ月くらい黙っていたんです よ。実は、子どもを生むことにしました。って言ったらあっさり「良かったね」って言ってくれたんです。同じ病気 が見つかって「ほら見たことか」って言われるのかなって思ったんですけど、割とみんなが協力してくれました。

がん一万人の声, 胃がんスキルス胃がん, 家族のがん

外交員をしていた保険会社が日本で初めてがん保険を発売したんです。それを、一生懸命売って、そ れで、3人の子供を育てたのに、息子を癌で亡くしてしまった。

癌の全国大会があった時、息子さんの主治医がいますよって、教えてもらったので、先生に『息子は 安らかに眠ったかな?』って聞いたんですよ。そしたら、『安らかだったよ』と言ってくれた。それだけで、癌 の患者会などに関わっていて良かったなあ、て思ったんです。

でも、本当に疑問符ばかり?? 結局、1年生きたんですよ、息子も仕事のし過ぎ、私の姿を見てたからね。

がん保険いっぱい売って、優秀表彰を受けてた んですよ。仕事のし過ぎ、保険会社の支店を背負ってた。会社周りをして個人だけでなく会社ごと契約もらって、100人規模の契約を取っていた。子供たちは、私の寝てる姿か仕事で飛び歩いていることしか知 らない。私は目一杯働いて、おばあちゃんが子供3人の面倒を見てくれてた。 

皆んな、宿題をいっぱい残していく!宿題があるうちは息子は生きている。主人の時は、車の中で泣いていたりしたけど、今は泣けない。おばあちゃん死んでから一人、ずーっと一人4年間一人。 息子は生きてるんですよ、おばあちゃんもおじいちゃんもみんな生きてるんですよ。 私まだ泣いてないんです。

天国から息子の声が聞こえてきた。『母(か)あ、元気!』

→「パラメディカ」胃がん闘病記 紹介