イギリス在宅緩和ケアケース

みなさんこんにちは。蒸し暑い日が続いていると思いますがいかがお過ごしでしょうか。イギリスの今年の夏は天候に恵ましたが、テロがあったり火災があったりで、落ち着かない夏です。

自分の望む場所、環境での最期

今回は、イギリスでのがん在宅緩和ケアがどういった感じなのかをお伝えしたく、私の過去の経験話をさせてもらいます。

数年前、私はメンタルヘルス専門の独立支援生活所で働いていた時、統合失調症であるトムさん(仮名)と出会いました。トムさんは60代の方で20代で統合失調症になり、40年経っても回復する事はなく、メンタルヘルス独立支援生活所に住んでいました。そんなトムさんが数年前、クリスマスの時期に膝が痛いと言い出しました。何度もファミリードクターに診てもらったのですが、その度に、たいした事ないと思う、疲れか年齢から来るものでは?と言われ、医者は、痛み止めを飲んで様子をみると言う診断でした。何度、診てもらっても何ともないと言われたトムさんが私に言った一言は、「この痛みは僕の妄想のせいなのかなあ?」今でも忘れられません。トムさんは、統合失調症と言う理由から体調不良を訴えても信じてもらえないのでは?という思いがあり、この時も自分を疑ってしまう状態でした。しかし、トムさんの膝の痛みは治まらず、2ヶ月後には歩くのが困難になり、やっとファミリードクターがレントゲンを撮る手続きをしました。レントゲンの結果、膝の痛みは肺からのがんが骨に転移した痛みだとわかりました。この段階で、トムさんのがんは全身に転移していて手術したり化学療法の治療ができる状況ではありませんでした。唯一、どこで緩和ケアを受けたいかと言うのがトムさんに残された選択でした。そしてトムさんは、はっきりと自分の家(支援生活所)で死にたいと言いました。トムさんは、ご家族もいらっしゃらなく、独立支援生活所に長年住んでいて、お友達もいました。トムさんにとっては、自分の家でした。

イギリスでは、トムさんが、緩和ケアを支援生活所の自分の部屋で受けると決めた時からその希望にあったケアを提供するのが、市町村の福祉課や病院の責任です。

トムさんの、緩和ケアの準備はトムさん側から申請すると言うより、向こうから来てくれると言う感じでした。トムさんの基本的な食事、洗濯、買い物の家事は支援生活所のスタッフが担当しました。介護士さんは毎日、朝と夕方に訪問して体を洗ったり、着替えを手伝ったりしてくれました。トムさんの痛みがひどい場合や眠れない時は、夜かかりっきりで介護士の方がベットの横でお世話してくれました。数名いるトムさんの介護士さんの中に、自らもがん治療を受けている方がいました。彼女は、バンダナで抜け毛を隠しトムさんに悟られないよう笑顔で介護してくれました。作業療法士さんは、在宅ケアに必要な介護用品や設備を手配し、体調が変わる度に訪問して、必要な設備を調整してくれました。

がん専門の看護士さんも、1日に2回、必要であれば、いつでも来てくれて痛みのレベルをチェックして、痛み止めを処方したり、呼吸、食欲、排便など、細かい所まで相談にのってくれました。

それに加え、ファミリードクターが週に2日訪問して体調を診断し、何かあった時は電話をすればすぐに駆けつけてくれました。

ボランティアのがん専門の看護士さんも週に一度訪問してトムさんといろんな話をしながら精神的な支えをしてくれました。

トムさんは残念な事に翌年の夏にお亡くなりになってしまいました。家族がいなくても、たくさんの人の協力のおかげで、希望通り自分の家(支援生活所)でお友達に囲まれながら最期を迎えられました。今は数年前に亡くなられた大親友の横でゆっくり眠ています。私も、わずかな間でしたが、トムさんとの貴重な出会いに感謝しています。禁煙を勧める私からいつも隠れてタバコを吸っていた姿や、出掛ける時は、いつもスーツ姿で英国紳士になるトムさんが今でも思い出に残っています。